緩めるだけではダメなんです
手技療法(というか物理療法一般)は患者さんの心身の緊張を緩めて症状の改善を図ります。ややこしい言い回しですけれど、要は凝った筋肉を手で解して肩こりを治そうとする、ということです。腰痛であろうが膝痛であろうが同じことで緊張している筋肉を緩めることで症状は改善します。
筋肉を緊張させるのは自律神経のうち交感神経で、ようは心身が戦闘モードになるということです。戦闘モードを解除して心身をリラックスさせるのが手技療法の作用機序ということになります。この時優位になるのが副交感神経です。
心身を交感神経優位から副交感神経優位に導くことで緊張が緩み、症状が和らぐのは運動器(骨とか筋肉とか)の不調だけではありません。たとえば高血圧とか不眠なども副交感神経が優位になるような操作を行うと改善してくれます。
噺家の桂枝雀さんは、「緊張の緩和」が笑いを生む、と説いておられました。身体にも似たようなことがあって、心身の緊張が緩んでいく過程は非常に快く感じられます。マッサージなんかがいい例ですよね。場合によっては患者さんはリラックスして眠ってしまわれますがこれは他の医療行為では見られないことです。
ところが緊張を緩めるだけでは治らない症状というのがちょこちょこあります。「やること」がたくさんありすぎて、いっぱいいっぱいになるとニンゲンの脳は、過労死を防ぐために「やる気」のスイッチを切るようです。仕事であれ勉強であれキャパを超えたと脳が判断すると、ある日突然何にもする気が起きなくなってしまいます。今までのオーバーワークを知っている周囲の人は休養をすすめたりしますが、それでやる気が戻ってくるケースはものすごく稀です。
実際問題、「勉強がしんどい」と言って休学した子が復学してくることはあんまりありませんよね。それは脳の「やる気」のスイッチを切るのは副交感神経に属する背側迷走神経系であるからです。この子に必要なのは休養ではなく、竦んでしまった心身を賦活することです。
別にハードなトレーニングをやらなくても、自律神経を賦活することはできます。心身を交感神経優位にもっていくことは手技療法でも造作もなくできます。それで不思議なのですけれども、背側迷走神経が優位になって動くのがイヤになった患者さんを交感神経優位になるように施術しているときも、やっぱり患者さんは眠ってしまわれるのですよ。「緊張の緩和」ではなく「緩和しすぎた心身を緊張させる」手技なのですけれど眠ってしまわれます。これがちょっと不思議だったりします。