「転んで腰を打ってから膝が痛い」
高齢女性に多い大腿骨頚部骨折
タイトルを見ただけでは何のことかわかりませんね。でも例えばこういう症状を訴える患者さんがおられるわけです。
大腿骨頚部骨折(骨折部位によって転子部骨折という名称を使うことがありますが同じものと思ってください)という骨折があります。大腿骨が足の付け根、股関節のところで骨折します。主として高齢の女性に多い骨折です。高齢者が転倒して起立歩行ができなくなったらまずこの骨折を疑え、と言われる傷病です。
もちろん柔道整復師が処置できるような傷病ではなく、入院して観血的な処置が必要となります。そのあとも専門的なリハビリテーションが必要となる重篤な骨折です。かつてはこの骨折を起こすと高頻度で寝たきりになってしまいましたが、最近では手術によって早期離床が可能となり寝たきりになる方の割合は減っていると言われています。ただし、この骨折が直接間接の原因となって命を落とす方がおられるのもまた事実です。
脚を骨折しても歩けることがある
この骨折にはもうひとつ特徴があります。ふつう、下肢骨折を起こせばそちら側の脚の機能は全廃となります。立つことも歩くこともできません。ところが大腿骨頚部骨折では頻度は低いながら起立歩行が可能なケースがあります。骨折した骨の端と端が噛みこんで、一見すると骨折しているとわかりにくい状態を呈することがあるのです。もちろん骨折としての重篤さは変わりなく、できるだけ早く医療機関を受診させる必要があります。
それからもうひとつ。大腿骨頚部骨折に限りませんが股関節に病変があるときに患者さんの愁訴が「膝の痛み」になることがあります。もっとも私が大腿骨頚部骨折の患者さん(骨折部が噛み合って起立歩行が可能なケース)を経験した時は骨盤部の痛みが主訴でしたから全部が全部膝の痛みではないのでしょうけれど。
かくしてこの記事のタイトル、「転んで腰を打ってから膝が痛い」という患者さんの訴えが大腿骨頚部骨折を示唆しているということになります。
治療以前に知っていなければならないこと
大腿骨頚部骨折が整体療法(でも骨盤矯正でもいいや)の適応か、と訊かれたならばおそらくすべてのセラピストが「NO」と答えるでしょう。でも大腿骨頚部骨折で骨折部が噛合するケースが存在すること、その場合は起立歩行が可能で自分の足で歩いて来院される可能性があること、さらにその場合の愁訴が「膝の痛み」であることを知らなければ場合によっては取り返しのつかない結果になる可能性があることをすべてのセラピストが認識しているとは到底思えません。
どうしてか、と言えば整体とか○○療法とかを行っているセラピストのかなりの割合が医療関係の免許・資格を持たずに施術を行っているからです。どういうわけか日本では全くの無資格でも人のカラダに手技療法を行うことができる、ということになっています。そういう人の中にはものすごく手技のうまい人も、とてつもない効果を上げている人もいます。
それでも私が彼らに批判的なのは、手技療法には施術を行う以前に知らなければならない知識がたくさんあるからです。その知識をすっ飛ばして施術を行うことは、たとえて言えば交通ルールを知らない人が公道で自動車を運転するようなものであるからです。それは単に危険であるのみならず、患者さんへの敬意を著しく欠いた行為であると考えるのですけれど、どう思われますか?