「軟酥の法」と脳脊髄液
江戸時代の僧侶、白隠禅師の瞑想法のひとつに「軟酥の法」というのがあります。「酥」というのはバターのことです。
まず座って瞑想している自分の頭の上に卵くらいの大きさのバターがのっている、というイメージをします。薫り高いそのバターが溶けて、頭の中を潤しながら下のほうにだんだん浸みわたってきて、両方の肩、両腕から両手、乳房、胸、内臓、背骨、尾骨まで潤すところをイメージします。さらに溶けたバターは両側の下肢を潤し、土踏まずのところで止まる、とイメージします。
頭の上で溶け始めたバターが全身を潤していくイメージの瞑想というのが、頭蓋仙骨療法で脳脊髄液が循環していくところと重なるな、と思っていました。瞑想中に頭の中で思い浮かべた癒しの感覚と、頭蓋仙骨療法を受けているときに実際にカラダの中で起きていることとの共通点を大変興味深く思っていました。
ところが近年の研究でさらに興味深いことがわかりました。
脳脊髄液は第3脳室の脈絡叢というところで産出されて全身をめぐり、頭のてっぺんの矢状静脈洞にあるクモ膜顆粒から吸収されると考えられていました。ものすごく雑な説明をすれば脳脊髄液は頭で産出されて全身を巡った後、もう一遍頭から吸収されるということです。
ところが最近の研究では、脳脊髄液が吸収されるのはクモ膜顆粒ではなく脳室周囲器官と総称される脈絡叢、脳弓下器官、最後野、下垂体、松果体の静脈性毛細血管から血中に吸収されるということがわかってきました。
それだけではなく脳脊髄液は全身に分布している末梢神経の終糸から微量ずつ吸収されているといいます。つまり手や足からも脳脊髄液は吸収されているということになります。軟酥の法で溶けたバターが体の隅々までしみわたっている状態はイメージだけのものではなく、解剖学的にも正確である、ということのようです。
改めて個人の洞察力に驚かされます。
白隠禅師は激しい修行で自律神経を失調した時に(禅病というそうです)山奥に住む仙人から教わった養生法をもとに、仰向けでの瞑想を提唱されました。仰臥禅と言います。仰向けに寝転んで心の中のもやもやを手放し(放下着)、腹式呼吸をして(数息観)、内観を行います。流行のマインドフルネスとも共通していて興味深いです。